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<<   作成日時 : 2008/06/09 05:40   >>

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私は、死刑がどうしていけないのか分かりません。

人間社会のルールを守らないモノに対して、他人の人権その他の権利を無視するモノに対して
なぜ人権適応しなければいけないのかが分かりません。
なぜこういう相手にはいろいろな権利が保護されていて
平和に生きている動物の方が立場が低いのだろう…と理不尽に思ってしまったりします。


人が理解出来ない犯罪行為に対して、何の後悔や懺悔もない場合
同情する価値はあるのでしょうか?
私はそこまで人間出来ていません。

学問は日々進化していて
昔分からなかった人の行動・心理も順序立てて理屈で説明出来るようになってきました。
“犯罪に走る行為”は、通常考えられない状態だと思います。
つまり、罪を犯すにはなんらかのバックグラウンドが必ずあると言えると思うのです。
それは人間関係だったり、家庭環境だったり、趣味趣向だったり、心の病だったり。
昨今の事件では犯罪心理学ってのが入ってきて、経緯を説明してくれます。

しかし、とても聞くに耐えない、同情すべきバックグラウンドだったとしても
果たしてそれが“罪を軽くする行為”につながるものなのでしょうか。


責任能力がなくても、犯罪はおこす事が出来ています。
責任能力がないと、罪にとえないのが現状ですが
それは“罪にとえないけど、犯罪はおこせます”って事ですよね?
それなんて無法地帯(笑)。まさにやっちゃったモン勝ち。

ほとんどのケースで犯行に至る心理が説明出来る昨今、
それを解析するのはいいのですが
罪を軽くするための材料には使わないで頂きたい。
なぜ他人の人権を汚すモノに人権を適用するのか。
人としてのルールを守れないモノに人権があると言えるのか。
ただ、人という形に生まれてきただけでこうも保護されているのが不思議なのです。
何にでも例外ってのがあるんだから、人権適用外って枠作ってもいいんじゃ?

裁判は被害者を救済する為の機関ではなく、加害者を救済する為の機関です。
だから、加害者を擁護する材料がどんどん開発されていくし
犯罪に至るまでの犯人の気持ちを理解をしようとするのも分かります。
でも、何らかのバックグラウンドが必ずあるんだったら、
逆に言えばそれ関係ないんじゃないです?
だって皆あるんだし。

なので、事実としてやった事のみで評価して欲しい。
過程はいらないです。
私は正直、“更生の可能性があるかどうか”について考えるのも疑問を持っている位です。
本人が心底やり直したい、って思わなきゃ更生にならないと思うので、
周りが議論する範疇じゃないと思っています。
外国で、宗教上の問題から死刑が出来ない地域では凶悪犯罪に関して冗談みたいな懲役がかせられています。
これは、その人間を外に出さない意味が含まれている訳ですが
日本では無期懲役でも執行猶予がついて、出てこれるようになっています。
これも不思議。
もっとも、心の狭い私は刑務所暮らしで税金が使われている事も快く思ってませんが。
心に余裕ないですか?私。


このまま、やったモン勝ちが認められるようになってしまえば
誰もきまりなんか守らなくなります。
いいこで守ってる方がバカみるじゃないですか。
やられたら、やり返した方がお得な世の中になってしまう。
被害者や、残された遺族の方は、やり返したいのを必死にこらえて、社会のルールを守っています。
その心境は、部外者の私なんかが想像できるハズもなく……。
気がふれてしまう方がましだと思っているかもしれません。

「力で圧するのは良くないです。話し合いで平和的に解決しましょう」
もっともな意見です。そう出来たらどんなにいいか。
殺人はやっちゃあ駄目です。人に限らず、むやみに殺生は駄目です。
理由は、自分や自分が好きな相手が殺されるのが嫌だからです。
自分がされて嫌な事は、しちゃ駄目です。
死刑は、殺人なのでしょうか?

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